本会が設立されてから、早くも80年の歳月が流れました。
終戦直後の混乱と貧困の中で、社会の少数者という立場に置かれ続けてきたわが同胞が「個人の力ではどうにもならなかった」悲惨な現実を打開するため、互いに手を携えて立ち上がったのが1946年(昭和21年)でした。
以降、活動を通じて生活向上・福祉の推進に努め、1974年の「北海道ウタリ福祉対策事業(現北海道アイヌ政策)」の開始、1984年の「アイヌ新法(案)」の当協会総会決議、1997年のアイヌ文化振興法、2008年の先住民族としての国会決議、2009年の「北海道アイヌ協会」への名称復帰、2014年の公益社団法人化、2019年の「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の制定とウポポイ(民族共生象徴空間)の開設など、着実な歩みを重ねてまいりました。
これもひとえに、国や北海道をはじめとする多くの関係機関のご理解・ご支援・ご協力、そして会員の皆様のたゆまぬ努力により、教育の機会拡大、伝統文化の保存・伝承、生活基盤の改善、伝統工芸や観光を通じた経済的自立の模索、さらには国際的な先住民族との連帯など、社会事業団体・文化振興団体として、民主的・公開的な運営のもとで事業を進めてきた結果であると思います。代議員制を堅持し、会員の総意を尊重する姿勢も、創立以来変わりありません。
昭和23年、小川佐助常務理事(当時)が機関誌『北の光』創刊号でこのように述べられています
(1948年)。
「本會設立の趣旨は定款にもあります通り、アウタリーの向上發展、福利厚生を圖るを以つてその目的とするものでありますが、もっと分り易く申上げると、其生活と言い文化と言い、非常に悲惨な儘放任されてある我々アウタリーが、從來個人の力ではどうにもならなかつたことを、アイヌ協會と言う、お互が結束した團体の力で、文明人としての平均水準まで、向上しようと言うのが即ち、本會存立の終局の目的なのであります。
-中略-
唯茲に、被壓迫民族であった我々が、團結したと言うので、從來壓迫して來た和人に對して抗争したり、對立したり、摩擦を起すのが目的であるかの如く、誤解を招く恐れのあることですが、本會は決してそんな狭い量見で發足したのではないと言うことを、此際はつきりお斷り致して置きます。
亦丁度本會が設立された頃、色々な政治團体が雨後の筍の樣に簇出した折柄であった為め、本會もまた其類の如く誤解を受けた樣に聞いて居りますが、決して政治團体でないと言うことは、本會の定款によつても明白でありますが創立以來の行動によつても明かであります。
即ち本會發足の眞の精神は、前にも述べました如く、弱いウタリーの為めに、強いウタリーも弱いウタリーも、結束して向上を圖ろうと言うのですから、是れこそ眞に愛の精神の發露であり、共存共榮の賓践でありまして、從つてあくまでも社會事業團体であり、慈善事業團体であります」
現代語版
「本会設立の趣旨は、定款にもある通り、ウタリーの向上と発展、ならびに福祉厚生を図ることを目的とするものです。もっと分かりやすく言えば、生活においても文化においても、非常に悲惨な状態のまま放置されてきた私たちウタリーが、従来、個人の力ではどうにもならなかったことを、「アイヌ協会」という、互いに結束した団体の力によって、文明人としての平均的水準にまで向上させようというのが、本会存立の最終的な目的なのです。
-中略-
ただここで、かつて圧迫されてきた民族であった私たちが団結したということで、従来私たちを圧迫してきた和人に対して抗争したり、対立したり、摩擦を起こしたりするのが目的であるかのような誤解を招くおそれがあります。しかし本会は、決してそのような狭い見識で発足したのではないということを、この機会にはっきりとお断りしておきます。
また、ちょうど本会が設立された頃は、さまざまな政治団体が雨後の筍のように続々と現れた時期でもあったため、本会もまたそれらと同類であるかのような誤解を受けたと聞いております。しかし、本会が決して政治団体ではないということは、定款によっても明白であり、創立以来の行動を見ても明らかです。
すなわち、本会発足の真の精神は、前にも述べた通り、弱いウタリーのために、強いウタリーも弱いウタリーも結束して向上を図ろうという点にあります。これはまさに愛の精神の表れであり、共存共栄の実践であって、したがって本会は、あくまでも社会事業団体であり、慈善事業団体なのです。」
本会の存立の趣旨は、今もなお変わっておりません。先住民族アイヌの尊厳を確立し、アイヌが誇りを持って生き、自己決定の精神のもとで文化を守り育て、生活及び社会的地位の向上を図ることです。
それは、かつて諸先輩がかかげた、「文明人としての平均水準」とは、まさに、アイヌ民族をはじめとするすべての民族の歴史と文化が尊重される社会、それこそが文明人による社会であって、法律にも謳われている「アイヌの人々の誇りが尊重される社会」の実現とは、この80年間、さらにはその以前から、私たちが目指してきたものにほかなりません。
我々北海道アイヌ協会は、決して排他的な団体ではなく、多文化共生、共存共栄の理念に基づき、和人を含むすべての人々とともに歩む社会事業・文化振興団体です。民主的で透明性の高い運営を徹底し、会員一人ひとりが主体的に参画できる組織であり続けます。
これまでも、国や北海道のご理解と強力なご支援、学術界との連携、自治体や関係機関のご協力により多くの成果を上げてまいりました。これからも、これらの機関とより一層密接に連携し、相互の信頼を深めながら、あくまでも対話を重んじる精神のもと、課題の解決に取り組んでまいります。
しかし、80年を経た今もなお、解決すべき課題は少なくありません。
SNSをはじめとするインターネット上での誹謗中傷や差別的言動は依然として深刻であり、アイヌが誇りを持って生きることを阻害しています。アイヌ語は危機的な状況にあり、話者の育成と日常的な使用環境の整備が急務です。
経済的・社会的格差の是正、地域振興における当事者参画のさらなる強化、歴史教育の充実と国民理解の促進、そして複合的な差別への対応も重要な課題です。
ウポポイをはじめとする文化施設の活用が進む一方で、真の文化伝承と経済的恩恵が地域・個人に届くよう、政策の効果的な実施と当事者主体の取組が求められています。
これからの事業の柱は以下の通りです。
- 言語・文化の再生と次世代への継承:アイヌ語話者の育成、伝統芸能・工芸の伝承、アイヌの芸能分野から人間国宝(伝統芸能保持者)の輩出を目指した体系的な保存伝承活動の強化と担い手や後継者の育成、ウポポイ等との連携強化。
- 生活向上と経済的自立:経済力の強化、教育支援、就労・起業支援、地域振興事業の当事者参画促進。
- 差別撤廃と理解促進:人権教育の推進、ヘイト対策の強化、広く社会への発信。
- 歴史的公正の回復:海外に所在する先祖の遺骨の返還と尊厳の回復に向けた取組の推進。
- 政策提言と連携:アイヌ施策推進法の効果的な運用とさらなる改善に向けた提言、北海道や国との建設的な協力。
北海道アイヌ協会は他人のものではなく、すべての同族、そしてアイヌ一人ひとりのものです。地区協会の有無や入会の有無にかかわらず、すべての同胞に開かれています。
資金や人材の制約の中で一歩一歩進める現実を直視しつつ、会員の熱意ある寄付・会費・ボランティア、そして社会全体の理解と協力が不可欠です。
道は依然として遠く険しいかもしれません。
しかし、80年の歴史が示すように、結束して立ち上がれば必ず光明は見えてきます。
子や孫、曾孫の世代が、アイヌであることに誇りを持ち、自由に文化を楽しみ、差別なく学び・働き・生きられる社会を実現しましょう。
世界の先住民族とも手を携え、アイヌの知恵を、現代社会に生かしていきましょう。
人道にかなった実践こそが、永久不滅の最も尊いものであると信じます。
北海道アイヌ協会理事長 小川 哲也

