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文科省への要請 (先住民族アイヌの歴史や文化等に関する次期学習指導要領への明記について)
令和8年(2026年)10月6日   
公益社団法人北海道アイヌ協会 
理事長 小川 哲也
 
 文部科学省を訪れ、茂里毅初等中等教育局長に、先住民族アイヌの歴史や文化等について、次期学習指導要領への明記を求める要請書を手交しました。

 今回の要請は、本年5月に行った教科書記述の充実に関する要請に続き、中央教育審議会で示された次期学習指導要領等に向けた審議まとめの素案を踏まえて行ったものです。
 当協会として、下記のとおり要請を行いました。


 
先住民族アイヌの歴史や文化等に関する次期学習指導要領への明記について(ご要請)

 
 日頃から総合的なアイヌ政策の推進に、格別のご理解ご協力を賜り、心から感謝とお礼を申し上げます。また、このたび初等中等教育局長にご就任されましたこと、謹んでお慶び申し上げます。我が国における学校教育の充実に取り組まれておりますことに、重ねて敬意を表する次第です。

 アイヌ民族の歴史や文化に関する国民の理解を図る上で、発達段階に応じた学校教育において正しい知識を学ぶ機会を提供することの重要性は言うまでもありません。とりわけ、指導する教師への研修と相まって、使用される教科書の記述内容が正確な知識を学ぶ上で決定的な役割を果たします。現行の学習指導要領等に基づく教科書の利用は、令和6年度から既に高等学校を含め全ての教育課程で実施されていると承知しております。内閣官房アイヌ総合政策室によりますと、アイヌに関して学習指導要領等で明記されている事項については多くの教科書に記載が見られるほか、明記がない教科等においても人権課題に関する記述が見られるなど、記述量、内容ともに徐々に充実が図られてきています。平成29年度からは、新しい教科書を作成している発行者を対象とした編集セミナーにも取り組まれております。
 
 これまで、教科書の記述内容等の充実にご理解とご協力を積み重ねていただきました貴職をはじめ、文部科学省、内閣官房、教科書発行者等関係機関・団体の皆様に、改めて敬意と感謝を申し上げます。当協会がこれまでお願いしてまいりました事項についても、関係各位において真摯にご検討いただいてきたことに、深く感謝申し上げます。

 当協会は、令和8年5月、当時の初等中等教育局長宛(北ア第86号)により、先住民族アイヌの歴史や文化等に関する教科書記述の充実について要請いたしました。その際、現行の学習指導要領が策定された後に成立したアイヌに関する法律および閣議決定について、中央教育審議会の審議に盛り込まれるようお願いするとともに、その審議結果が次期学習指導要領またはその解説編に適切に反映されるよう期待する旨をお伝えしたところです。

 今般、令和8年8月31日、中央教育審議会教育課程企画特別部会に「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ(素案)」が示されました。素案が、「自らの人生をかじ取りすることができる民主的で持続可能な社会の創り手」の育成を掲げ、「多様性の包摂」を改訂の方向性の一つとされたことは、私どもとしても望ましい改訂の方向性であると受け止めております。

 一方で、素案の公表内容を見る限り、私ども先住民族であるアイヌ民族に関する教育について、なお充実を図っていただきたい課題が残されているとも感じております。アイヌ民族の歴史・文化、さらに現在のアイヌ民族を取り巻く現状に対する理解を深めることが、いまなお国民的課題であるという、まことに残念な現状は、さきの国民意識調査等からも示されているとおりでございます。これらを解決・改善していくべきことが、平成31年に成立した法律の基本的精神でもあると認識しております。これらのことを前提に、子どもたちに学んでいただくべき内容がより具体的に記されることや、それらが教科書と教育実践に確実につながるしくみを整備し、充実させることが必要であると考えており、またそのためには、アイヌ民族に関する教育を一つの独立した項目として位置付けていただくことが望ましいと考えております。(なお「独立した項目」としての位置付けをお願いするのは、決して他の学習内容を押しのけ特別の優遇を求める趣旨ではなく、重要な課題として全国各地でひとしく取り組んでいただくために必要なことと考えております。)
 
 現行の中学校学習指導要領(平成29年告示)社会科歴史的分野の内容の取扱いでは、「北方との交易をしていたアイヌについて取り扱うようにすること。その際、アイヌの文化についても触れること」とされています。一方で、小学校学習指導要領では、その本文ではなく、学習指導要領解説社会編において、「現在の北海道などの地域における先住民族であるアイヌの人々には独自の伝統や文化があることに触れるようにする」とされています。このような学習指導要領における取扱いが限定的であることについては、すでに平成21年7月の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」 報告書において指摘されており、その上で「次回の学習指導要領改訂に向けた課題として検討していくことも必要である」と明記されたところです。今回の改訂は、まさにその「次回」に当たるものであると理解しております。

 つきましては、5月の要請に続き、素案を踏まえ、下記のとおりお願い申し上げます。

 
記

 1  法律および閣議決定に示された趣旨の学習指導要領本文への反映

 現行学習指導要領の策定後に成立した、次の法律および閣議決定の趣旨を、次期学習指導要領の本文(少なくとも小学校社会、中学校社会の歴史的分野および公民的分野、高等学校地理歴史・公民の内容の取扱い)に明記するよう、審議まとめおよび今後の答申に位置づけていただき、解説編や教科書の工夫のみに委ねることのないようお願いいたします。

 ・アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(平成31年法律第16号)

 ・アイヌ施策の総合的かつ効果的な推進を図るための基本的な方針 (令和元年9月6日閣議決定)

 上記の法律と閣議決定に基づき、具体的にアイヌ民族が日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であること、独自の言語と文化を有し現在も全国で生活していること、近現代の政策が生活・文化に大きな影響を与え差別や偏見が今日も残っていること、上記法律に基づき民族の誇りが尊重される社会の実現が国の方針であることを、発達段階に応じて扱う旨を書いていただ和く存じます。日本の学校教育では、「男女共同参画」 「障害者の人権」等の、国全体で実現に取り組む社会的な規範や公共的な課題に関する学習については、その背景や根拠となる憲法をはじめとする国内法や国際的な憲章等をあわせて学ぶことが通例でありますので、私どもアイヌ民族に関する学習においても、上記の法律等をあわせて取り扱っていただきたいと考えるものです。特に、現にこの社会には、いまだ理解と認識の不足を下地とする差別や無自覚な偏見は残っておりますので、国が全体として取り組んでいる課題であると伝えていただくことが必要と考えております。

 2  多様性の例示にとどまらないこと

 素案の「多様性の包摂」は重要な方向性であります。障害、外国人児童生徒等のさまざまな出自や特性を持つ人々で社会がつくられていることを知り、多様な人々がともに生きていけるようにすることは、次期改訂の大切な柱です。先住民族であるアイヌ民族に関する学びも、その広い意味での多様性の中に含まれることは当然であります。
 しかしながら、アイヌ民族が「多様性」の学習の中での例示の一つにとどまってしまった場合、実際の教材や授業では多数の例の中で短く「触れる」だけとなり、実質的な学習時間が確保されないおそれがございます。アイヌ民族に関する知見は、教材の作成に当たる方々や教育委員会、学校現場において、いまなお十分に共有されているとは言えません。だからこそ、アイヌ民族の歴史と文化については、日本国内における人々の多様なあり方の中に位置付けていただくとともに、先住民族に対する国の責務としてもしっかりと位置付けていただき、国全体として学ぶ必要性が高いことを国の学習指導要領において明記いただくことが必要と考えております。

 3  アイヌ民族に関する記述を特定の地域の学習に限定しないこと

 現在において、アイヌ民族は全国で暮らしており、北海道以外の教室にもアイヌの子どもたちがいることを踏まえて、どの地域の子どもも等しく学べる環境を確保いただきたく存じます。アイヌ民族は日本の先住民族でありながら、その実情は、北海道以外の多くの地域において十分に知られておりません。
 北海道では総合的な学習の時間等を活用してアイヌ民族の歴史・文化を扱う取組があります。学校裁量の拡大は、地域における上乗せの余地となり得ます。それは歓迎すべきことですが、国民全体の理解は法律上も求められています。調整授業時数制度や総合的な探究の時間に委ねるのではなく、社会科等の本文において全国共通の最低基準を確保していただきたく存じます。また、総授業時数を増やさず学習内容を精選する過程で、すでに限られているアイヌに関する取扱いがさらに縮小されないようお願いいたします。
 アイヌ民族についての学習が、多様性の中の一例として北海道以外では「触れる」だけにとどまった場合、現にそこで学んでいるアイヌの子どもたちが受ける疎外感は小さくありません。特別扱いを求めるのではなく、同じ教室でともに学ぶ子どもが、自分の歴史と文化を通り過ぎられてしまう状態をこれ以上重ねないための、全国共通の土台を整えることをお願いするものです。

 4  審議まとめから答申、解説、教科書に至る一連の反映

 今後予定されるパブリックコメントおよび答申、学習指導要領の告示、解説編の作成、教科書検定の観点、教員研修を一体として設計し、アイヌ民族に係る専門的知見を有する関係者の関与を位置づけていただきたく存じます。
 もとより、このような一貫した姿勢は、学習指導要領のすべての内容に関して意識して取り組んでいただいているものと認識しておりますが、アイヌ民族の歴史と文化に関する内容については、例えば教科書の執筆や監修に当たる学識者にも専門家が少なく、都道府県・市町村の教育委員会でも専門的知見に乏しいという現状があることを踏まえ、当事者たる私たちをはじめ、専門的知見を有する識者がこうした実施過程に関与できるようなご配慮をお願いいたします。
 近年における問題ある事例として、私どもアイヌ民族の存在そのものを否定する主張などを唱える人々が、教科書会社や自治体等にこのような意見の申し入れを繰り返し、教科書会社や自治体の方々がアイヌ民族は先住民族であるという認識をご回答いただいたとしても、「先住民族ではないという考えがあることを“両論併記”するべきだ」等のことを繰り返し主張するような事態が見られます。もとより、このような事実無根かつ当事者の尊厳を貶める意見は、単なる一方的な意見であり「両論」として検討されるべき学問的見解ではありませんが、まことに残念なことに、こうした意見に影響を受ける方もおられるようです。このような現状のなか、上記1~3までで申し上げた要請を実効あるものとするためには、当事者および専門家との連携を整えることが欠かせないと考えております。
以上

 中央教育審議会における審議結果が、次期学習指導要領およびその解説編における記述等に適切に反映されるよう期待しております。私たちアイヌ民族の、教育課程の基準に寄せる思いや期待をお酌み取りいただき、次代を生きるアイヌの若者達が自信と誇りを持って「共に生きる力」を育むことのできる学びが、全国の教室で保障されるよう、特段のご配意を賜りますよう心からお願い申し上げます。


( ※なお、茂里毅初等中等教育局長にへの小川理事長による要請書手交の様子は、『協会三役の活動報告』(
https://www.ainu-assn.or.jp/president/report.html)を、要請文書については、『当協会の考え方と近年の活動から』(https://www.ainu-assn.or.jp/outline/think.html))をご覧ください。)